
本質を見なければ、取り返しの付かない後悔が待っている。
なんとなく感じている人は多いはず。
今、想像力が試されている。
きちっとした倫理観を教育された記憶はない。
おそらく学習指導要領に、倫理観を教える必要は書かれていないのだろう。
“もう一発、どこかが吹っ飛ばないと何も変わらない。”
どこかそう感じている自分自身が嫌だ。
多くの人とすれ違う。
これからもすれ違うだろう。
足を止め手を休め、しっかり関わる人がいる。
上手く説明できないが、足を止める理由があるはず。
目の届く範囲は限られている。
手の及ぶ範囲は限られている。
限られた範囲で一緒に生きる人に、せめて何かをやってあげたいと思う。
もっとも、自己満足に過ぎないんだろうけどね。
それでいいんじゃない?
それくらいしかできないもんね。
いろいろ考える日々だけれど、明日着る服を買い、明日履く靴を買う。
時々シーツを洗い、掛け布団のほこりを払う。
そんなことの繰り返しが、せいぜい生きてるってことなんだろうなぁ。
「世の中どうなろうと、どうせいつか死んじゃうんだからどうでもいいや。」
とは、絶対に思いたくないね。
そんなんじゃ、死んじゃうまでがつまらないもん。
死ぬまでの暇つぶしは思いのほか長くて、それなりに一生懸命やってないと暇がつぶれない。
幸せであってほしいな。せめて手の及ぶ範囲だけでも。
そのくらいなら、僕にも何とかできるかもしれない。
と、そんなことを今生きてる人、全員が感じてれば、世の中ちっとは生きやすくなるんじゃないのかね。