写真・映像制作者 水谷充の私的視線

〜「見てきたもの」記録装置 カメラがくれた宝物 〜
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体感した時代の変わり目


 高度経済成長の真っ只中、別の土地へと移り住んだ僕ら家族は、非常にわかりやすい形で時代の分岐点を認識することとなった。

 1970年、テレビは連日、大阪万博の話題を流し続け、新しい時代の到来を伝えていた。しかし、それらはどこか向こう側のことで自分には縁遠いものだった。ところがリアル感の乏しいテレビの中のお話は、自分に起こった生活環境の激変によって突然身近なものとなり、子供だった僕でさえ時代の変わり目にいることを感じずにはいられなかった。

 引越し以前の北区十条という町は、ベトナム戦争の負傷兵が担ぎこまれる王子野戦病院を間近に抱えていて、その反対運動の騒乱が極めて近いところで繰り広げられていた。タオルで顔を隠し、目深に被るヘルメットと手に持つ鉄パイプや角材で武装した集団が、機動隊と対峙・衝突する様を幾度かこの目で見てきたのだ。
当時、近所に住む大学生を兄のように慕い、いろいろなことを教えてもらっていた僕は、その彼の新聞配達を手伝うという形でお小遣い稼ぎをしていた。
配達エリアは、丁度その野戦病院のある王子本町地区で、衝突があるたびに道路が封鎖され、新聞配達をあきらめざるを得ない状況に直面した。
飛び交う罵声、破裂する火炎瓶。うねる集団に向けられた放水車からの容赦ない攻撃。そして遠巻きにそれらを見守る地元住民。
その人垣の隙間から目にした光景は、理由のわからない子供にとって恐怖感よりも、新聞配達が出来ない、つまりお小遣いが入ってこないという現実の方が遥かに重要だった。
騒ぎの後の道に散乱する石や角材。壊れた商店の看板やひしゃげたシャッターが、今でも生々しく記憶の中にある。

 古い街並みに不似合いな騒乱と、板塀に囲まれた路地や日本家屋の風景は、切り崩された山を縦断する道路と巨大団地群という風景へと変貌した。路上にこぼれ出た植木鉢は整理された花壇になり、木製の電柱は巨大な鉄塔へと姿を変えた。
社会が抱えていた病巣は、目に見えない遠いところへ追いやられ、発展する街の息吹が新しい時代を予感させた。
大阪万博の会場からは、「月の石」に並ぶ人の列が連日報道され、アメリカのポジティブなイメージが急速に広まっていった。
牛乳瓶がテトラパックに変わり、学校給食のアルマイト食器はプラスティックのそれに入れ替わった。
反戦運動は、成田空港の反対運動へと舞台を変え、僕の日常からは遠いところに行ってしまった。それはどこか異国の出来事のような感覚で、自分には関わりのないことになっていった。
また父は車を買い、母はパートで働きはじめた。週末、スーパーマーケットで買出しをするという習慣も、楽しみの一つとなった。核家族化のまさに先頭にいた僕ら家族は、こうして中流の仲間入りをしたわけだ。
 子供社会も同様に多くの違いが新鮮だった。遊びのルールやあだ名の付け方も違う。多くの家から聴こえるピアノのお稽古は、今までとは違う耳障りとして僕の中に入り込んできた。切り崩された山肌に見える地層の赤茶けた色は、それまで見たこともなかった不思議な風景として僕の目に焼きついている。流行りものも違えば、常識すら違っている。「本当にいろいろなんだなぁ〜。」
新しいものに触れる楽しさ、急速に広がってゆく視野。それら僕自身に起こった劇的変化は、子供ながらも出来上がりつつあった固定観念を次々に壊していった。 知らないことを吸収していく面白さは、僕の視線を一気に家庭という狭いエリアから外の社会へと向けてしまった。
| Memorys | 09:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
父のこと…


 父の家族写真が出てきた。4人兄弟の次男坊。時代は戦争真っ只中。勉強が嫌いだった父は、志願して兵学校に進み、海軍の下っ端として潜水艦に乗って青春時代を過ごしたと聞いている。

 僕は新しい土地で小学校の高学年を迎えた。低学年の頃のように、本能の赴くまま走り回っていた時期とは違って、目にするものや出来事をどう受け止めたらいいか考える冷静さが身についてきた。そんな頃、音楽の授業が面白くなってきた。
ことにクラシックの名曲を聴く授業で感動した僕は、家に帰ると夢中でそのとを話をし、声に出してメロディーをなぞった。
サン・サーンス「動物の謝肉祭」、チャイコフスキー「くるみ割り人形」 聴くもの全てが新鮮で、今までの生活環境には存在していなかったものだ。新しい出合いの興奮がテンションを上げる。
 週末、家にステレオが届く。立派な家具調のセパレートステレオというやつだ。その晩父は、僕の話した曲と映画音楽のレコードを買ってきた。
「お父さんは、これが好きなんだよ。お前も聴いてみろ。」 流れてきた「エデンの東」のテーマ曲。僕は、毎日むさぼるようにレコードを聴いた。
多くを語らぬ放任主義で、あれするな、これするなといった類のことは、まったくといっていいほど口にしなかった。それでいて僕が関心を示すものには、さりげなく道を開いてくれていた。
父が新しいカメラを買ったときもそうだ。一緒にお店に行き、どれがいいかと、子供の僕に相談をする。「お父さんはたまに使うだけだから、お前の好きなものにしよう。」
僕は嬉しくて、授業に集中する何倍もの熱意でカメラ選びをした感覚が記憶の隅に残っている。手に入れた一眼レフは、キヤノンFTb。ファインダーを覗き、フォーカスリングをまわす。ボケていた視界が突然シャープになって目に飛び込んでくる。なんだか凄いものを手に入れた気がした。

 音楽と写真。きっと父も子供の頃から好きだったんじゃないだろうか。
僕に何か託そうとしていたのかもしれない。夢の持てない危機的状況で過ごした少年時代の体験が父をそうさせているのか?
今となっては、その真意を確かめるすべはない。だけど確実に僕の興味の芽を育ててくれたのは父だったと言える。決して裕福な家庭ではないが、興味・夢・希望、そんな様々な欲望を否定しない父は、間違いなく僕のルーツなんだ。古い写真を見ながら、しみじみと感じている。
| Memorys | 01:18 | comments(4) | trackbacks(0) |
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